エビデンス再考

オバマ政権のレガシーの一つは、おそらく「エビデンスに基づく政策」を強力に推進したことにあります。社会革新基金(SIF: Social Innovation Fund)や近年の成功報酬債(PFS: Pay For Success Bond)では、RCT(Randomized Controll Test)が積極的に導入され、これが資金提供の重要な指標となっています。

興味深いのは、あれほどオバマ政権に強硬に反対してきた共和党の主流派も、このエビデンス政策には積極的だと言う点です。米国議会では超党派でエビデンス政策を推進する法律が検討されています。確かに、客観的なデータで政策の成果を検証し、よりインパクトの大きい政策を推進していくという考え方は魅力的です。また、共和党的には、これを推進することで、既存の予算をカットできるという計算も働いているのでしょう。しかし、エビデンス政策は万能なのでしょうか。

従来、エビデンス政策に対する反論としては、成果データの改ざんの恐れや、成果をあげやすい者だけを対象にしようとする「いいとこ取り(Cream Skimming)」への懸念などがあげられてきました。また、財団などでは、アドボカシーや政策提言など、中長期的なインパクトを持ちうる事業に対して資金が提供されなくなるという弊害も指摘されてきました。しかしそれだけでしょうか。

この問題に関して、スタンフォード・ソーシャル・イノベーション・レビューに先月掲載された論考「エビデンス再考:それは何を意味し、我々はそれをどのように用いるべきなのか」は、評価手法の観点からより本質的な議論を展開していて参考になります。

論考では、まずエビデンス政策の前提について問題提起を行います。エビデンス政策の前提とは、

1)単独のプログラムだけで野心的な目標を実現できる
2)RCTで成果のあったプログラムはどこでも適用可能である
3)過去に実績のあったプログラムを過大に評価しても、イノベーションを妨げることにはならない、

というものです。もちろん、常識的に考えて、社会はより複雑でそれぞれ状況が異なるため、プログラムは常に複数で相互作用しながら効果を発揮するわけですし、ある地域で成果があったからと言ってそのプログラムが他の地域に機械的に適用できるわけでは決してありません。この意味で、エビデンス政策は、そもそも前提から間違っているのではないか、と論考は指摘します。

では、どうすればよいのでしょうか。論考は、エビデンス政策自体を否定するのではなく、これを発展させるために、より広い観点を視野に入れるべきだと主張します。具体的には、

1)有力な介入事業の持つ複雑性
2)何が重要で何が些末かという実践を基礎としたエビデンス
3)対象となる集団と地域の特性に介入事業を適合させることの重要性
4)介入事業の状況依存性
5)将来のアクションのための組織的な「学び」と記録

を重視しようという提案です。確かに、エビデンスに基づく政策が、今まで科学的手法や客観的データの名の下に捨象してきた重要なポイントが抽出されていて参考になります。

社会的インパクト投資の発展から社会的インパクト債の普及へと至るこの10年間の歩みの中で、インパクト評価やエビデンス志向の政策も大きく発展してきました。しかし、この発展の中で様々な問題が見えてきたことも事実です。今回の論考は、この点を踏まえて、評価の新たな展開を生み出そうとしている点で注目されます。なお、この論考に基づき「Friends of Evidence」という新たなグループが結成されたとのこと。今後の展開が楽しみです。

http://ssir.org/…/reconsidering_evidence_what_it_means_and_…

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