「傷痍退役軍人支援プロジェクト」スキャンダルの教訓

今年に入り、「傷痍退役軍人支援プロジェクト(WWP: Wounded Warrior Project)」を巡るスキャンダルが、米国の非営利セクターのみならず、テレビや新聞紙面でも大きく取り上げられています。このスキャンダル、NPOのスケールアップやビジネス化を考える上で、様々な重要な教訓を与えてくれると思いますので、ご紹介しておきたいと思います。

WWPは、2003年、米国がアフガニスタン、イラクへと侵攻し、大量の傷痍軍人が生まれたのを機に、アンソニー・オディアーノというイラクで負傷した退役大佐が立ち上げました。ブッシュ政権の退役軍人に対する支援の不十分さが社会的な問題となっていた中、WWPは退役軍人に対する物資の支援活動で急速に拡大し、メディアにも取り上げられるようになります。そこに目をつけたのが、今問題となっている弁護士で、オディアーノ大佐に巧みに取り入って経営陣に加わりました。この弁護士は従軍経験がない、ビジネスの専門家です。

WWPは、この弁護士チームのビジネス経営手腕に支えられて、大きく発展します。しかし、その過程で、WWPは弁護士チームに乗っ取られ、創設者のオディアーノ大佐は、最終的に2009年にWWPを去ることを余儀なくされます。代わって、弁護士がCEOに、彼の片腕がCOOに就任します。ここからWWPの変質が始まります。

言うまでもなく、非営利組織は、株式の配当などの形での利益配分を禁じられています。そこで、この弁護士チームが行ったのは、自分たちの報酬を年間100万ドル(日本円約1.1億円)という高額に引き上げると共に、収入の多くを、贅沢な会合費や飲食費、不必要な旅費に費やすことで利益分配を行いました。WWPは、積極的なファンド・レイジング・キャンペーンで、2009年以来、約10億ドルの寄付を獲得したのですが、その約40%が「運営管理費」という名目で、こうした高額の報酬や贅沢な支出がなされたものと思われます。

ところが、チャリティ・ナビゲーターがWWPの常軌を逸した経営に気づき、今年に入って、WWPをレーティング対象から外して「ウォッチリスト」に入れました。当初、WWPは、この措置に猛反発して、チャリティ・ナビゲーターに抗議を申し入れたのですが、結局、これがあだとなってマスコミの注目を集めてしまい、不祥事が次々に明らかになり、現在の泥沼状況に陥ってしまいました。

現在、この弁護士チームは全くの音信不通で、メディアからの取材はおろか、オフィスにも顔を出さない雲隠れ状態です。WWPの主要な支援者は、軒並み、「経営陣が変わらない限り、一切の支援を打ち切る」と宣言し、収入は激減しています。

さらに、WWP問題は非営利セクター全体にも波及しつつあり、議会では、また非営利組織の経営陣の高収入を問題視し、非営利組織への規制強化が必要だという議論が息を吹き返しつつあります。WWPのおかげで、再び米国非営利セクターに逆風が吹き始めています。

以上、WWPを巡る一連の問題は、今後の非営利組織を考える上で、とても興味深い教訓を与えてくれています。とりあえずポイントだけを列記すると、以下のようになるでしょうか。

1)非営利組織のガバナンスは、悪意ある者の乗っ取りなどに対抗することが出来る設計になっていないので注意が必要。

2)急速なスケールアップには、それをコントロールするガバナンスの構築が不可欠。拡大至上主義のリスクは大きい。

3)特に、近年の「非営利組織のビジネス化」が、経営専門家や資金調達専門家の介入を招き、結果的に「ミッション漂流」の危機をもたらす可能性があることに注意が必要。

4)「運営管理費」「経営陣の給与」「ファンドレイジング費用」が大きい組織は、経営状況を注意深く監視する必要がある。

これ以外にも様々な論点があると思います。特に、日本でも営利と非営利のハイブリッド型法人格の議論が行われていますが、資金調達能力だけでなく、このようなガバナンスや乗っ取りの問題にも十分に注意を払う必要があるでしょう。

ただ、私が、今回の一連の騒動で、最も重要なポイントだと思ったのは、チャリティ・ナビゲーターという組織の役割です。結局、彼らのウォッチ機能が、WWPの問題を明るみに出したという功績は強調すべきだと思います。逆に言うと、行政の規制を強化しても意味がないとも言えます。なぜなら、規制強化は、セクター全体の弱体化を招くだけで、規制が守られているかどうかのチェック機能も能力も持たない行政は、結局、規制を逃れる悪質なNPOを補足できないからです。

チャリティ・ナビゲーターという、レーティングに徹した第三者民間機関が機能したこと、そして、これを支える情報公開と透明性確保のシステムがあったこと、これが、非営利セクターの健全な発展につながる最良の道である、というのが今回の一連の事件の最大の教訓だ、というのが私の考えです。ここまで読んで下さった皆さん、どう思われるでしょうか。

ご参考までに、ニューヨークタイムズの関連記事のサイトを貼り付けておきます。

http://www.nytimes.com/…/after-complaints-on-wounded-warrio…

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