フィランソロピーの領域で特に注目すべきトピックについてご紹介します。
1.グラント・メイキング戦略の発展
90年代以降、米国を中心に、助成財団のグラント・メイキング戦略は大きく発展しました。助成財団は、限られた資源を活用して最大限のインパクトを達成するために、以下のようなグラント・メイキングのモデルを試みています。
- 戦略的グラント・メイキング
「利用可能な資源の確定」→「戦略策定」→「生み出されるアウトプット」→「アウトプットによりもたらされるアウトカム」→「アウトカムによりもたらされるインパクト」という一連の流れをロジック・モデルとして定式化し、これに基づいて戦略的にグラントを投入してインパクトの最大化を達成しようという手法です。各段階で定量的な評価指標を設定し、客観的な達成評価を目指しています。欧米では、広く導入されている手法です。 - ベンチャー・フィランソロピー
単に資金を提供するだけでなく、グラント以外の様々な支援を行うことで、非営利団体や社会的企業のキャパシティ・ビルディングを図ろうという手法です。投資適格審査(Due Diligence)に基づいて支援対象を厳選し、定量化可能な目標設定と評価指標に基づいて、集中的かつ長期的な支援を行うことを特徴としています。支援には、経営支援、ネットワーク化、資金調達支援などの多様な支援が含まれます。 - 触媒型(Catalytic)フィランソロピー
単に資金を提供するだけでなく、異なるセクター間の協働を組織することを通じて社会的インパクトの最大化を達成しようという手法です。触媒型フィランソロピーにおいて、助成財団は、異なるセクター間の協働を調節する事務局的な役割を果たしたり、協働を円滑にするための共通評価指標を設定したり、必要に応じてアドボカシーを行ったりと言う形で、より積極的なコミットメントを行うことが期待されます。 - 共同ファンディング(Co-funding)
関心領域を共有する複数の助成財団が共同でグラント・メイキングを行うことで、インパクトを最大化しようという手法です。複数の財団によるコンソーシアム結成、特定の仲介団体を通じた複数財団の緩やかな協働、複数財団による共同基金の設置など、多様な手法が試みられています。さらに、近年、社会的インパクト投資の登場に伴い、財団のみならず、金融機関や企業の参加も求める「融合ファンディング(Mixed-funding)」の手法も開発されています。
2.企業の社会貢献
企業の社会貢献も、90年代以降、大きく変化しました。伝統的な企業の社会貢献は、企業財団を通じたグラント・メイキング、コーポレート・フィランソロピーという形で資金や財・サービスを提供する直接寄附、あるいは従業員のボランティア活動支援や職域寄附に対するマッチング・ファンドなどが一般的でした。他方、90年代以降は以下のような動きが現れています。
- 企業リソースの多様な活用
企業の持つ多様な専門的人材を非営利団体に派遣して、法務・財務・会計・マーケティング・広報などの支援を行う「プロ・ボノ支援」や、特定の非営利団体と提携し、企業のマーケティングに彼らの主義・主張を組み込んでキャンペーンの協力を行うと共に収益の一部を彼らの活動に還元する「コーズ・マーケティング」などの手法が一般化しています。また、災害時の緊急支援において非営利団体に財やサービスを提供したり、環境保護や資源の持続可能な利用のガイドラインを策定し、非営利団体の協力に基づいて、これを実施するなど、「非営利団体とのパートナーシップ」のあり方もさらに進化しています。 - CSR(企業の社会的責任)からCSV(社会的共有価値の創造)へ
90年代に入り、「Corporate Citizenship(企業市民)」という考え方がさらに発展して、「CSR(企業の社会的責任)」が一般化しました。これは、企業がそのビジネス活動を行う上で、社会的な責任を果たそうという考え方です。CSRにおいては、企業の社会貢献のみならず、環境やコミュニティに対する配慮、雇用や労働条件に対する配慮、ガバナンスと報告、法令遵守などの社会的責任を果たすことが求められます。これに対し、近年は、「CSV(社会的共有価値の創造)」と言う形で、企業が、ビジネス活動の中核において社会的価値を創造していこうという考えが提唱されています。
3.フィランソロピーのフロンティア
フィランソロピーは、伝統的に「無償」による財・サービス・モノの提供と、支援対象の「非営利性」を基本としてきました。しかし、近年、社会的目的と経済的目的の双方を実現しようとする社会的企業や社会的投資が登場するのに伴い、一定の条件の下で、「有償」による財・サービス・モノの提供や、「営利団体」への支援も「フィランソロピーのフロンティア」として認めようという議論が始められています。これらは、以下のように、従来のフィランソロピーにも大きな影響を与えています。
- 助成財団の社会的投資への参加
米国では、従来から「プログラム関連投資」という形で、助成財団が資産運用の一部を社会的インパクト投資に利用することが認められてきました。市場レートよりも低い収益率やミッションとの整合性などの条件を満たせば、IRS(内国歳入庁)がこれを「プログラム関連投資」として承認し、助成財団は、この部分を支出に組み入れることが出来ると言う制度です。助成財団の中には、IRSの承認を経ない「ミッション関連投資」と言う形でインパクト投資を行うものもあります。米国政府は、近年、「プログラム関連投資」の要件を緩和し、より多くの財団資金が社会的インパクト投資市場に流れ込むよう政策的に誘導しています。 - ハイブリッド型支援団体の登場
社会的インパクト投資が広がるにつれ、従来のグラント・メイキングに社会的インパクト投資を使った支援を組み合わせて支援を行う財団も登場しています。例えば、スコール財団は、社会的企業を対象に、グラントとプログラム関連投資を組み合わせた支援を行っています。また、オミディヤ・ネットワークは、新たに投資団体を設立し、財団によるグラント・プログラム関連投資と、投資団体による社会的インパクト投資を組み合わせた支援を行っています。さらに、カルヴァート財団のように、投資団体を設立し、社会的インパクト投資に特化した支援を行う団体もあります。 - 社会的インパクト投資のエコ・システム構築
ロックフェラー財団は、2007年に社会的インパクト投資を促進するための新たなイニシャチブを立ち上げ、多様な団体への支援を通じて、社会的インパクト投資のエコ・システム構築を目指しています。それは、GIINのような仲介団体の設立支援、社会的証券取引所のような新たな仕組み作り、大学・シンクタンクを通じた政策提言、GIIRS・IRISのような社会的インパクト投資に関する評価・レーティング・報告の標準化など多岐にわたっています。
©Tatsuaki Kobayashi(2015)
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