「包摂的成長(Inclusive Growth)」モニター報告

80年代に英国サッチャー首相と米国レーガン大統領の政権が推進し、冷戦終結後の90年代にグローバルに拡大した新自由主義経済政策。大企業と富裕層の拡大は結果的に社会全体に富がしたたり落ちるという「トリクルダウン」を主張しました。しかし、この結果は貧困と格差の拡大を生み出し、結果的に中間層の崩壊を通じて民主主義の危機をもたらたのではというのが現在の議論です。

では、実際に、経済成長と貧困解消はどのような関係にあるのでしょうか。現在の経済指標であるGDPは、経済全体のパイの拡大を知るには効果的ですが、貧困解消など社会的包摂の進展を知ることは出来ません。こうした問題を解決するため、アジア開発銀行の包摂的成長指標やデモスの「良き成長指標」など、様々な指標が提案されてきました。

そうした中、英国のJoseph Rowntree財団が、新たに「包括的成長(Inclusive Growth)モニター」報告を公開しました。これは、英国のコミュニティレベルでの成長と貧困の関係を知るための新たな指標です。先進国で経済成長と社会的包摂の関係を実証的に知る上で効果を発揮するのではないかと期待されます。

「包括的成長」モニターでは、「包摂度」と「繁栄度」の2つを把握しようとします。それぞれの進展度をチェックするための具体的な指標は以下の通りです。

■包摂度
・収入指標(貧困層の1週間の収入や生活保護世帯の比率等)
・生活費指標(低所得者の住居費支出比率、光熱費負担の大きい世帯の割合等)
・労働市場からの排斥指標(失業率、誰も働いていない世帯の割合等)

■繁栄度
・経済成長(1人あたり付加価値、労働者の1週間の平均収入等)
・雇用(就業率、低所得セクターの雇用率等)
・人的資本(管理職・専門職の雇用率、学校の成績等)

今回は、英国各地の39箇所でデータを集計し、社会的包摂と経済成長の関係を調べました。この結果、一部地域では、経済成長に伴って社会的包摂が進展していたことが確認されました。他方、最大の経済成長を遂げたロンドン市では、社会的包摂の進展がほとんど見られませんでした。また、経済がほとんど成長しなくても、社会的包摂が進展した地域もありました。

今回の調査結果で明らかになったことは、「経済成長と社会的包摂は自動的に関係しているわけではない」ということです。「トリクルダウンは、分配政策なしには進展しない」と言い換えることも出来ます。よく考えてみれば極めて自明な事実ですが、これを実証的なデータに基づいて示したことは非常に重要だと思います。

経済成長がなくても社会的包摂が進む地域がある一方、未曾有の繁栄を遂げているロンドンでも社会的包摂が進まないのであれば、民主主義を掲げる政府としてやるべきことは、一部の富裕層だけを利する経済成長政策ではなく、全体の底上げを図る社会包摂政策でしょう。これを推進した方が国民全体の福利向上につながり、ひいては中間層の保護を通じて民主主義の安定化にも寄与するからです。

このような実証的なデータに基づく政策議論、日本でも活発化させたいですね。報告書は以下のサイトで見ることが出来ます。

https://www.jrf.org.uk/report/inclusive-growth-monitor

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