ノンプロフィット・クオータリーの8月12日付の記事「戦略的フィランソロピーが抱える問題点」が米国のフィランソロピー・セクターで波紋を呼んでいます。私の友人達も含めて、ブログ、Twitter、フェイスブックなどで様々な反応が流れています。さらにクロニクル・オブ・フィランソロピーも最近、関連記事を掲載しました。
議論の発端は、ハドソン研究所長のビル・シャンブラがヒューレット財団に招かれて講演をした内容にあります。ヒューレット財団と言えば、「戦略的フィランソロピー」を確立した立役者の一つですが、そこで、なんとシャンブラ所長は、「戦略的フィランソロピーが抱える問題点」を厳しい口調で列挙し、「戦略的フィランソロピー」の意義を真っ向から否定したのです。
彼の論点は多岐にわたるのですが、ポイントは、戦略的フィランソロピーが、科学的証拠に基づくと称して専門家やプログラム・オフィサーに大量の資金をつぎ込み、しかも様々なデータ収集のためにグランティーの労力を消耗させていながら、コミュニティの現実のニーズに目を向けず、彼らの声に耳を傾けないために、完全に現実から遊離した虚構と化している、ということかと思います。付け加えれば、コミュニティに直接出される資金とそのインパクトに比べて、プロジェクトの遂行に必要な経費(プログラム・オフィサーの人件費から、専門家の雇用費、評価やデータ収集に要する費用と、これによって失われるコミュニティの機会費用など)が大きすぎるという点を加えても良いかもしれません。
これに関連し、クロニクル・オブ・フィランソロピーは、ゲーツ財団が、ゲーツ夫妻とバフェット氏などわずか少数の人間しか意志決定に関わっていないにもかかわらず、巨額の資金を使って公共政策(ゲーツ財団の場合はアメリカの公教育政策)に大きな影響力を持っていることを指摘し、一般に対する説明責任も透明性もない団体が、税金免除によって得られた財団資金を使って公共政策に影響を及ぼすことの問題点に警鐘を鳴らしています。
戦略的フィランソロピーという考え方が確立されたのは、90年代以降です。それまでの財団が、単純にNPOからの事業申請に対して資金を提供するというスタイルを改め、限られた資源を活用して最大限の成果を生み出すために開発されてきました。その過程で、データに基づくプロジェクト・モニタリングや評価手法も開発されました。その意味では、戦略的フィランソロピーは米国フィランソロピーの発展の成果と言えるでしょう。これを否定することは、ある意味で歴史の流れに逆行することにもなりかねません。
他方、より長期的な視点から見れば、今、欧米のフィランソロピー・セクターが歴史的な転換点に立っていることも事実です。考えてみれば、科学的な手法に基づく戦略的なフィランソロピーという発想は、20世紀初頭に設立されたカーネギーやロックフェラー財団が当初から志向していたものでした。その背景には、20世紀初頭の進歩主義(Progressive)思想があります。一握りのエリートが、その専門的な知識とスキルで社会を変革していこうという思想です。しかし、インターネットが普及し、NPOが組織基盤を強化し、さらに助成財団以外の様々な寄附プラットフォームや助成スキームが誕生している21世紀において、主流は、多様な利害関係者による協働と参加に変わりつつあります。その意味で、進歩主義に基づく20世紀型の助成財団モデルは転換を迫られているのかもしれません。今回の「戦略的フィランソロピー」モデルに関する議論は、「助成財団」という20世紀に人類が発明したユニークなシステムの社会的・歴史的意義について考える上で、様々な示唆を与えてくれています。
http://www.nonprofitquarterly.org/philanthropy/22729-the-problem-of-strategic-philanthropy.html
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