朝日新聞が日本国際交流センター他の協力を得て、ビル・ゲイツ氏を日本に招き、講演会や対話事業などを行いました。これは、今年開始された「寄付月間」とも連動しています。これを機に、日本でも「フィランソロピー」という言葉が定着し、寄付や助成財団の活動がさらに活発化することを期待したいと思います。ビル・ゲイツ氏の一連の発言は、本当に深いメッセージが込められているので、ぜひ記事をお読みいただければと思います。
個人的にも、フィランソロピー研究者として、ゲイツ財団は非常に興味深い存在です。90年代末からビル・ゲイツ氏がフィランソロピー活動に参加し、2000年にゲイツ財団を立ち上げたことで、米国の助成財団の規模は大幅に拡大しました。かつてトップを走っていたフォード財団やロックフェラー財団がかすんでしまう巨大な財団が誕生し、精力的に活動を開始したことで、助成財団は新たな時代に入ったという議論が活発に展開されました。
しかし、意外なことに、ゲイツ財団は、ある点で非常に古典的な「20世紀型助成財団モデル」を踏襲しています。ゲイツ財団が掲げる「エビデンス志向」や「科学的アプローチ」などは、実は20世紀初頭にカーネギーやロックフェラーが、当時の「進歩主義(Progressivism)」思想を背景に、財団設立を通じて実現しようとした際の基本的考え方そのものです。
また、ビル・ゲイツ氏が、台頭した新興産業で財をなし、これを社会的に還元しようとしてフィランソロピー活動を開始した点でも、カーネギーやロックフェラー達と似ています。その意味で、ゲイツ財団というのは、「遅れてきた20世紀型助成財団」ということが出来ます。
他方、ゲイツ財団が、「20世紀型助成財団モデル」と決定的に異なる点があることも忘れてはなりません。それは、(1)その巨大な規模にもかかわらず、意思決定は家族と少数の友人達だけで行う「家族財団」の形態を取っていること、及び(2)ゲイツ夫妻の死後、50年間でその資産を使い切るように定められていること、の2点です。
(1)について、「20世紀型助成財団モデル」では、設立者の家族の意思決定に対する関与は最低限に留め、有識者・専門家に理事会の運営を委託して財団活動の独立性を高める「独立財団モデル」がスタンダードになっています。通常、「家族財団モデル」は、小規模の富裕層が財団設立の際に導入するモデルであり、ゲイツ財団のような巨大財団に適用されるのは例外的です。
(2)についても、「20世紀型助成財団モデル」が、財団資産を確実に増加させ、安定した経営基盤の上で、永続的に財団活動を通じた社会貢献を行おうとしたのとは明らかに違う方向性を、ゲイツ財団は打ち出しています。「20世紀型助成財団モデル」の基本は、資産の裏付けがあるが故に、その時々の政策や市場動向に囚われることなく、長期的で独立した立場から、政策提言を行ったり新たな社会モデルを打ち出すことにありました。こうした活動を支える資産の維持は至上命題だったわけですが、ゲイツ財団は明確にこの考え方を否定しています。
このことは、何を意味しているのでしょうか。ビル・ゲイツのロジックに立てば、自身が意思決定を行うことでトップダウン型のより機動的でインパクトのある活動が可能になり、また財団資産の使い切りを明確にすることでその資産を最大限有効に活用することが出来る、ということになります。
他方、「20世紀型助成財団モデル」の立場に立てば、こうした判断は、本来、設立者を離れて社会的な公共財となるべき「助成財団」を私物化し、さらにその社会的資産としての意味を否定する行為である、ということになります。
この二つの議論が、どこに向かうかは、最終的に歴史が判断することだと思います。今のところ、まだ我々は「21世紀型助成財団モデル」を手探りで模索している段階です。
実際、「フィランソロピーのニューフロンティア」はまだ混沌とした状況にあります。ロックフェラー財団やフォード財団などの「20世紀型助成財団」は、まだ健在で活発に活動しています。同時に、社会的インパクト投資を活用したオミディヤ・ネットワークやスコール財団が台頭してきています。コミュニティから寄付・投資を募って活動するカルバート財団、ベンチャー・フィランソロピーを掲げるREDFなど、様々なモデルも登場しています。
折しも、新興企業家の次の世代のザッカーバーグは、「20世紀型助成財団モデル」と決別し、社会貢献活動を「LLC(有限責任会社)」を通じて行うことを表明しました。2000年に設立されたゲイツ財団が、20世紀最後の助成財団となるのか、それとも21世紀型の新たなモデルを切り開くパイオニアとなるのか、これからも気になる存在であり続けることになるでしょう。