米国で教育分野への成功報酬債導入の動きに対する議論が沸騰中

最近、米国で「すべての学生が成功するための法律(ESSA: Every Student Succeeds Act)」が制定され、この中で、一部の資金支援プログラムに成功報酬債(PFS: Pay For Success Bond)が制度化されました。これに対し、専門家、教職員組合、コミュニティを巻き込んだ議論が広がっています。

ESSAでは、非行や障害などのリスクを抱えた子供達に対する特別教育支援プログラムや、その他の成績向上プログラムにおいて、エビデンスに基づく評価を取り入れ,一定の成果が達成されたときにのみ、グラントの提供や第三者の民間投資家に対する報酬の提供を行うよう定めています。まさに成功報酬債の枠組みです。

これに対する批判は多岐にわたりますが、まずは、公教育分野に営利の投資機関が介入することに対する反発があります。特に、以前に紹介したユタ州の事例が大きく影響しているようで、恣意的な対象選定と評価により、現実の成果が検証されないままにゴールドマンサックスのような投資会社がほぼ100%に近いリターンを得ることについての疑問の声が高まっています。社会的成果の名の下に、公的資金を民間投資機関に流すだけではないか、という議論です。

また、これ以上に重要なポイントとして、「そもそも、特別教育を受けない生徒を増やすことが社会的成果なのか」という意見があります。ユタ州の事例のように、成功報酬債は、早期教育を通じて特別教育プログラムに進学する生徒数を減らすことにより、「行政コストを削減し、社会的成果を生み出す」ことを目標とします。しかし、これは、「特別教育プログラムを必要とする生徒達からその権利を奪うことでしかないのでは?」という議論です。

これ以外にも、成功報酬債で「成功」したプロジェクトの場合、結局、公的支援が削減されるわけだから、全体として、成功報酬債を通じた一連の取り組みは、80年代から続く新自由主義を基盤とする「小さな政府」、行政サービスの削減の一環でしかない、という批判もあります。

また、別の専門家は、ブッシュ政権時代に導入された「すべての子供達を脱落させないための法律(No Children Left Behind Act)」が、成果志向を前面に押し出したために、テストの結果をあげるために恣意的な点数操作やカリキュラムの改悪、さらに学校間格差の拡大などの様々な問題が噴出した事例を参照しながら、教育分野に成功報酬債を導入することの危険性に対して警鐘を鳴らしています。

この議論、必ずしも成功報酬債という制度的な枠組みを巡る議論と言うよりも、むしろ公教育のあり方を巡る議論のような印象を受けます。その意味では、成功報酬債という枠組みを否定すると言うよりも、むしろ、成功報酬債のような成果連動・民間資金活用型の枠組みをどこまで公教育のようなユニバーサル・サービスにまで適用するのかを巡る議論だと考えた方が良いかもしれません。いずれにせよ、成功報酬債という枠組みが広がるに伴い、その方向性を巡る米国内の議論は過熱してきたようです。

http://www.educationdive.com/…/the-controversy-behi…/410619/

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