「社会的インパクト債」の可能性と限界

日本でも、NHKで紹介されるなど関心を集めている「社会的インパクト債」。英国のピーターバラ刑務所で最初に導入されてから5年が経過した時点での現状をまとめた報告書が、昨年7月に米国のブルッキングス研究所から公開されています。

この報告書、2015年3月時点で導入済みの事例44件のうち、38件に対してインターネット調査とインタビュー調査を行った非常に包括的なものです。しかも、「神話」にとらわれず、客観的に可能性と限界を記述していて参考になります。報告書は、現在、世界中で様々な領域において、様々な手法でインパクト評価の案件が形成され、実施され、評価され、リターンが支払われていることを明らかにしています。その詳細は、機会があれば、ブログの方でご紹介していきたいと思います。

ここでは、特に面白く読んだ「社会的インパクト債の10の神話を検証する」という分析をご紹介します。おそらく、日本でも、今後、議論する際に参考になると思います。

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■社会的インパクト債を巡る「神話」と現実

1.「民間資金の導入」
→Yes。ただし、成功したら資金は民間金融機関にリターンをつけて返済する訳だから資金総額の増加が保証されるわけではない。むしろ公的資金の削減の可能性あり。

2.「予防的措置に重点」
→Yes。ただし、社会的成果を考えると、より幼児教育などの若い世代に重点を置いた方が良いだろう。

3.「政府のリスクを削減」
→Yes。但し、実施団体の「いいとこ取り」や民間投資機関の撤退というリスクは残る。徹底的なデュー・ディリジェンスが必要。

4.「アウトカムへの移行」
→Yes。まさにこれがSIBの中心。

5.「スケールアップ」
→厳密にはNo。現在のシステムではスケールアップが志向されていないし、実際、受益者の規模は、通常、数百人から数千人程度しかない。

6.「イノベーションの促進」
→ほぼNo。もともと、成果が実証されているプログラムに資金を出すわけだから、イノベーションは期待できない。

7.「パフォーマンス・マネジメントの推進」
→Yes。ただ、現実に実施団体がパフォーマンス・マネジメントに基づいてプログラムを改善できるかどうかは、スタッフの能力や実施団体の体制次第。

8.「協働の促進」
→Yes。多くの例が、政府の縦割りを超えた協働や、非営利団体間の協働の促進を示している。

9.「モニタリング&評価文化の構築」
→結論を出すのは時期尚早。ただ、この方向に向かいつつある幾つかの事例は存在。

10.「インパクトの持続」
→結論を出すのは時期尚早。但し、少なくとも案件の多くが複数年度にわたっている点で、インパクトをもたらす可能性はある。
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いかがでしょうか?私自身も、結構、社会的インパクト債に対する様々な思い込みに根拠がなかったことに気づかされて、とても参考になりました。やはり実証分析は偉大ですね。

報告書も指摘しているとおり、この5年間の社会的インパクト債を巡る議論は、ある種の「熱狂」状態にありました。これが終わり、今後、社会的インパクト債は、予算削減とインパクトを同時に達成する「万能」のツールとしてではなく、予防措置の分野におけるエビデンスを基礎とした官民連携事業モデルとして、徐々に制度化されていくと思われます。

おそらく、その過程では、現在のあまりにも面倒で複雑な案件形成が簡素化されるかもしれません。また、米国が推進している民間資金導入型ではなく、英国が進めているような政府ファンド型が普及していくかもしれません。それを「社会的インパクト債」と呼び続けるのか、それとも「成果報酬型補助金」モデルに回収するのか、も今後議論されていくでしょう。

いずれにせよ、「社会的インパクト債」に関心を持っておられる方々、必読の報告書です。サイトには、政策提言も掲載されていますのでぜひチェックしてみてください。

http://www.brookings.edu/…/social-impact-bonds-potential-li…

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