社会的インパクト投資の普及に伴い、社会的インパクト評価についての議論も深まりました。社会的インパクト投資については、IRISメトリックスとGIIRSレーティング・システムが、現在の主流です。また、社会的インパクト債については、RCTとコスト・ベネフィット分析が中心となっているのも周知の事実です。しかし、最近、この動きに大きな変化の兆しが見えてきました。社会的インパクト評価の「コペルニクス的転回」が始まろうとする予感があります。
H. B. ヘロン財団の支援を得てCoMetrixが立ち上げた新たなウェブサイト「社会的インパクト・データのビジネス・モデル」が提唱するボトムアップ型の社会的インパクト評価は、おそらくその最先端を行くものだと思います。
彼らの主張のポイントは、とてもシンプルです。今まで、社会的インパクト評価というと、資金を出す側がデータを収集するのが前提でした。しかし、考えてみれば、多額の評価コストを使ってデータを収集し、「インパクトが確認された」としても、これは直接的に事業の改善につながるわけではありません。そのためには、事業を実施している実務家への適切なフィードバックが不可欠です。であるならば、いっそ実務家が事業の改善に使うことを主目的とする形で社会的インパクト評価の体系を転換してはどうか、というのがこのモデルの主眼です。
一番分かりやすい例が、アキュメン・ファンドが推進しているLean Dataプロジェクトでしょう。既に何度かご紹介したとおり、これは、たとえば「社会的企業がテレ・マーケティングする際にオペレーターが簡単な質問を加えることで、同時にインパクト評価データを収集する」というものです。こうすると、リアルタイムでデータが収集され、その成果はすぐにビジネス戦略の改善に反映できます。1年や半期に一回、遠く離れた投資家への報告書を作成するためにこつこつデータを集めるよりも、自分たちのビジネスの収益率をあげるためのデータを安いコストで収集できるのですから、こちらの方が確実にモチベーションも上がります。
CoMetrixのウェブサイトでは、これをさらに発展させ、実務家主導型のインパクト評価の様々な事例を紹介しています。
一つのモデルは、第三者機関によるデータ共有プロジェクトです。たとえば、シカゴ大学のChapin Hall Collaborativeは、シカゴの若者育成や非行予防のためにアフター・スクール事業に取り組む諸団体に、プライバシーの保護を前提とした上で、問題のある子供のトラックデータを提供します。これにより、福祉、非行防止、ドロップアウト予防、大学進学促進などの様々な領域で活動する団体が、子供の情報を共有し、自分たちの活動のアウトカムを全体的なインパクトの中でモニターすることが可能となりました。
別のモデルは、複数団体の共同によるベンチマーク設定プロジェクトです。たとえば、LISC Financial Opportunity Centersは、全米各地にセンターを展開する低所得者を対象とした金融包摂促進事業ですが、支援対象者のトラックデータを、センターのネットワーク全体で共有し、ベンチマークを設定します。これにより、プログラムのパフォーマンスの達成度を客観的に評価することが出来るようになり、各センターでのプログラム改善のスピードが改善されました。
こうした事例を通じて明らかになったことは、インパクト評価を資金提供者中心主義から、資金を受ける実務者中心主義へと転換することで、社会的インパクトのビジネスモデルが劇的に変化すると言うことです。「データを通じたプログラムの改善」が、いまやお題目ではなく、不可欠なビジネスモデルになりつつある、と言い換えても良いかもしれません。さらに、集合的インパクトを志向するネットワーク型事業モデルを構築することで、評価データ収集コストも大きく引き下げることが出来ます。このため、「インパクト評価コストを誰が負担するか」という昔ながらの議論にも終止符が打たれることになります。
CoMetrixが提唱する新たなビジネスモデル、まさに社会的インパクト評価のコペルニクス的転回をもたらしそうです。さらに詳しくは以下のサイトをご覧下さい。