貧困対策におけるエビデンス政策の両義性

先日、米国共和党が、「A Better Way: Our Vision for a Confident America」という貧困対策のための政策提言を発表しました。共和党と言えば、「小さな政府」の名の下に、富裕層減税と貧困層予算削減を主張する党という印象が強いのですが、今秋の大統領選挙を意識したのか、貧困対策に本格的に乗り出しました。

提言の内容は、もちろん、共和党らしく、「働く能力のある貧困層には働く機会を提供し、生活保護を受け取り続けることがないようなモチベーション・システムを構築する」という発想が基本です。決して、給付を通じた支援ではありません。

これを前提とした上ですが、今回の提言には、幼児教育、リスクを抱えた若者支援、キャリア構築支援と職業教育、高等教育の強化、栄養改善、年金の安定性向上(但し、公的年金ではなく私的年金で!)、銀行サービスへのアクセス改善が並んでいます。メニューを見る限り、貧困対策の基本を押さえていると言えます。また、給付から就労支援という流れもポスト福祉国家の政策動向に合致しています。

しかし、今回の提言の最大の特徴は、すべての政策に「成果志向」を打ち出している点です。(1)エビデンスに基づいてすべての政策の成果を検証し、成果があがらないプログラムは廃止または縮小する、(2)このために幅広く「成果連動型助成」を導入する、(3)政府予算の削減のために、民間資金の導入を積極的に進める、(4)このために社会的インパクト債を推進する、という姿勢を全面的に打ち出しています。

この提言を取りまとめたライアン下院議長は、ほぼ時を同じくしてトランプ大統領候補の支持を表明しました。おそらく、この提言は、今後、共和党の大統領選挙における主要政策の一つとなることが予想されます。

これに対し、もちろん、民主党とリベラル勢力は反発しています。「成果志向」と言いつつ、「はじめに予算削減ありき」が明白だというのが理由です。これを証明するかのように、共和党は、この提言とセットの形で、オバマ政権が進めた国民皆保険制度の見直しや貧困層向けの給付の削減を打ち出しました。

確かに、共和党の政策は矛盾しています。富裕層や企業への減税は決して譲らず、これによる税収減を社会福祉予算の削減で賄えば、確実に格差は拡大します。また過度の規制緩和により、たとえば2007年のリーマンショックのような経済変動を引き起こしながら、金融機関は救済してもこの失業者やホームレス化した人達への救済には消極的です。いまや、中間層でさえセイフティネットが危うくなりつつある中、格差を加速させる政策を「エビデンス」の名の下に正当化しようとしているという印象をぬぐえません。

実は、こうした事態は、すでに2010年以降の英国で始まっていました。保守・自由連合政権によって進められたエビデンス重視、社会的インパクト債を軸とした民間資金活用政策です。「ビッグ・ソサエティ」というイデオロギーは「小さな政府」の裏返しでしかなく、社会福祉やNPO向け予算を削減した緊縮財政は、社会を大きくするどころから、逆に疲弊させました。この不満のはけ口を巧みに「移民への反感」「EUへの反発」という形で煽った結果が、先週の「英国EU離脱」です。トランプ候補が喝采を浴びる米国も、英国と同じ道を辿るのでしょうか。

問題解決に真に必要なことは、徴税を通じた再分配によって中間層に対するセイフティネットの強化、これによる購買力向上を通じた経済成長基盤の安定化、貧困層に対する給付を通じた生活の安定と努力すれば報われる機会の用意です。これにより流動性が高まれば、社会は活性化します。

言うまでもありませんが、「エビデンス重視政策」にせよ、「社会的インパクト債」にせよ、それ自体は、可能性を秘めた政策ツールです。問題は、このツールを政治的に利用するあり方にあります。日本でも、今後、「財政は破綻寸前である」という脅し文句と共に、これらの政策を導入しようという動きが推進されていくでしょう。英国や米国で起きていることは、決して日本と無関係ではありません。

http://abetterway.speaker.gov/…/ABetterWay-Poverty-PolicyPa…

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