少し、このコラムの趣旨とは異なりますが、先週、ワシントンDCのピーターソン国際経済研究所が濱田宏一イェール大学名誉教授と伊藤元重東大教授を招いて開催したセミナー「アベノミクスの経済学」(SPF-USA共催)に出席したので、感想を少々。
言うまでもなく、濱田宏一さんは、リフレーション論を軸とするアベノミクスの基本設計者。他方、伊藤元重教授は、経済財政諮問会議の民間議員として、アベノミックスの残りの2つの矢(機動的財政出動と民間投資を喚起する成長戦略)の政策提言の理論的支柱を担う人。この二人がアメリカのトップクラスの経済シンクタンクでアベノミクスを論じるというからには、出席せざるを得ません。
ここでは議論の詳細はとても紹介できません。私自身は、リフレーション政策、為替「誘導」、労働力市場の「弾力化」、「適正な」社会福祉システムの構築、「成長」のための規制緩和、「機動的な」財政出動などの諸点については、多くの留保があります。社会的セイフティネットの底が抜けつつあり、政府の財政赤字が持続可能なレベルを完全に超えてしまった現時点で、マネタリストとサプライサイドエコノミーが、日本版トリクルダウン理論(製造業の回復=日本経済の回復!)を振りかざして亡霊のように復活するのは、正直、不思議な光景ではあります。インフレーションは、庶民にとっては税金でしかなく、得をするのは固定資産を保有していたり資金を既に海外に移転させている富裕層と、円安メリットを享受できる輸出産業(およびそこで特権を享受している「正社員」)と、膨大な財政赤字を帳消しに出来る日本政府(と雇用が保障されている「官僚」)だけでしかないのに、名目株価の上昇だけを見てアベノミクスを支持している世論にも違和感があります。米国側の「早くしないとTPPに乗り遅れますよ」という露骨なメッセージも、なんだかな・・・という感じです。
しかし、議論の中で、一点だけ、これは賛成という点がありました。伊藤教授の発言ですが、「日本はバブル崩壊後に痛んだバランスシートを、企業と家計の双方において回復させた。今こそ、この資産を投資に向かわせ、成長に転じる時である。」というものです。個人的には、家計については、既に相当程度家計の貯蓄残高は減っていますし、高齢化の進展でさらにこれが加速する見込みが高いのである程度留保をつけたいと思いますが、企業が膨大に蓄積した内部留保を投資に向かわせることは、無条件で賛成です。ただ、その投資が、海外投資やバブル期のような不動産投資に向かっては全く意味がありません。基本は、
1)海外ではなく国内へ
2)投機ではなく実体経済へ
3)都心部のみならず地方へ
4)持続可能性を無視した大規模開発ではなく、コミュニティに根ざした持続可能な開発へ
5)営利のみならず、社会的セイフティネットと機会の平等を提供する非営利へ
資金が流れる仕組みを作っていくことだと思います。こういうことを言うと、「営利を追求する企業資金に何を期待しているの?」と馬鹿にされそうですが、今世界で動いている様々な動きーーーCSR、社会的責任投資、社会的インパクト投資、共有価値の創出、集合的インパクト、クラウド・ファンディング・プラットフォーム、マイクロ・ファイナンス、コミュニティ開発金融、BOPビジネスなどなどーーーは、まさに、ビジネスのノウハウと資金を使って社会的セイフティネットを再構築しようと言うものです。これは夢物語でも書生の理想論でもなく、世界で進行している現実なのです。
失われた20年は、単に経済分野に限定される訳ではありません。日本は、国際社会が展開させてきたこのような新たなフィランソロピーのフロンティア領域を開拓する点でも失われた20年を過ごしてきました。もしかしたら、これが「最後のチャンスなのかもしれません。みんなで声高に「民間資金を社会的投資へ」と主張していきましょう。
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