この情報ボックスでもたびたび紹介しているスタンフォード大学のルーシー・バーンホルツ氏が、「フィランソロピーと社会的経済 青書2016」を発表しました。2010年から毎年、彼女が個人的に発表している青書は、フィランソロピーと社会的経済の現状と将来を的確に把握していて、この分野に関心を持つ人たちの必読書になっています。実際、彼女は早い時点から社会的インパクト投資や社会的インパクト債の発展を見通し、非営利と営利のハイブリッド化について考えてきました。まさにこの業界のオピニオン・リーダーの1人と言って良いと思います。
今年の青書のテーマは、「社会的経済とデジタル市民社会」。デジタル化が進展するに伴い、デジタル空間の中にどのように市民社会を構築するのか、デジタルを市民社会が活用する上で何が求められるのかを具体的に論じています。これは、スタンフォードのフィランソロピー研究所のデジタル市民社会ラボの活動とも連携しています。
青書で毎年話題を呼ぶのが、「今年の流行語」です。たとえば、X-Risks。existential risksの略で、気候変動など、人類の存亡に関わるリスクが市民社会でも話題になりました。これ以外にも、「効果的利他主義(Effective Altruism)」「管理費神話(Overhead Myth)」など、興味深いキーワードが並んでいます。
中でも、私が最も注目しているのは「プラットフォーム型協同主義(Platform Cooperativism)」です。日本で話題になっているカー・シェアやルーム・シェアの「共有経済(Shared Economy)」を、協同組合型の法人モデルと組み合わせることで、新たな協同運動を作っていこうというコンセプトです。フランス語圏やスペイン語圏が中心となっていて、なかなか日本には情報が入ってこないですが、この動き、これから面白い展開となることが予想されます。誰か、ぜひ体系的に紹介して下さい。
これ以外にも、インパクト評価への関心が高まるにつれ、エビデンスの取り扱い手法を巡って専門家同士が争う「虫けらの戦争(worm wars)」が熾烈化するだろうとか、バイオ認証の普及により、新たに「バイオ匿名性(Biononimity)」をいかに確保するかが人権の領域で議論されるようになるだろうといった興味深い話題が展開されています。
フィランソロピーや市民社会は、もちろん、現在の課題をどのように解決するのかを日々、追いかける必要があります。でも、それだけでなく、私たちがどのような将来の市民社会なりグローバル・コミュニティを構想するのか、ということも、時に立ち止まって考える必要があります。そう言う時に、この青書はきっと思考を刺激してくれる何かを提供してくれると思います。